FUJIFILM X-S10 XC15-45mmF3.5-5.6



方広寺の目の前。
ちなみに方広寺って秀吉が建てたお寺ですよ。 東大寺を超える巨大大仏殿があったっていう。 大阪冬・夏の陣のきっかになった「国家安康」の鐘のある。
正面通り(方広寺の正面に向かっているからこの名前なんだろうな、知らんけど^^;)に面して耳塚がある。
朝鮮出兵のときに、倒した敵の耳や鼻をそいで塩漬けにして手柄として日本に送ったのである。 ま、そういうの当時は普通だったんだろうなあ国内戦でも。
大将首は切り落として持って帰るけど、雑兵の場合は耳や鼻を切り落としたのである。 だって、首を二つも三つも腰に下げては戦えないものね。
オトロシイよなあ戦国時代。
ちなみに現代人には、信長が冷血漢のように思われているけど、秀吉もかなりである。 よく「人たらし」などと評されて人望があったように描かれることが多いが、実際には配下の諸将からもそれほどの人望があったわけではないらしい。 (「麒麟がくる」ではその辺の最新の研究結成果が反映されていた)
秀頼が生まれた途端に後継者(自分の甥)の関白秀次に言いがかりをつけて自刃させ、妻子・眷属を全員殺害して三条河原に穴をほって投げ捨てた。 一族を根絶やし。
信長は本能寺で自刃したけど、豊臣氏も大坂の陣で滅亡するよなあ。 結局、非道な政権は長続きしない・・・
その点、毛利・北条・徳川など長続きした政権は、敵方には厳しいけど、身内や直属の家来に対しては結構優しかった。
情けは人の為ならず。 歴史の教訓。

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