犬と大砲

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天橋立にでかい大砲が横たわっていた。

立札によると・・・海軍精神を伝えるために何たらかんたら・・・

要するに、戦前、海軍が宣伝目的で古い大砲を寄付したようである。

なるほど。

結構いろんなものが置いてあるんだよなあ、この狭い通路(というのか陸路というのか)に。


ところで、サッカーの話だけど、サウジ戦何とか勝つことができたなあ。

ふ~である。

しかしポゼッションが全てではないとはいうものの7割以上がサウジボールだものなあ(^_^;


ボールを保持しつつも決定力のないサウジ。

ラインを下げて粘り強く守りながらカウンターを狙う日本。

ううむ。

かつての中東のチームと日本の立場が逆転したような(^_^)

ポゼッション率が4:6ぐらいなら戦術って話だろうけど。

これで相手がイランや韓国、オーストラリアならどうかってところだけどね。

まあしかし、調子が上がらないまま勝ち進んでいく・・・てのはいい傾向である。

長丁場だからねアジアカップ。

準々決勝からバ~ンとダッシュするってのが優勝チームのパターンだけどね。


次のベトナム戦も油断できないし、その次のベスト4が・・・・

日本・イラン・韓国・オーストラリアがそろってくるよなあ。

ううむ。

守備が安定しているのはいい傾向だし、何とか優勝してほしいよなあ。

がんばれ日本!




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# by mzdog43 | 2019-01-23 06:29 | 旅行 | Trackback | Comments(3)

天橋立を歩く

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ビビる犬
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しかし、どうして日本犬、特に柴犬は水が苦手なのだろう!?

よく犬と泊まれるペンションなんか行くと、犬専用プールとかあるのである。

洋犬は気持ちよく水浴びしたり泳いだりしてるけどなあ。

日本犬はダメですな。

それとも特にうちの犬がダメなのか??

以前、和歌山に行ったとき、夜散歩させていると、そこがうちの犬は野生をまったくなくしているので・・・
ヨットハーバーで海に落ちたことがあるのである(^_^;

あれが悪かったのかなあ。

とにかく、海に近づかない(^_^)

ううむ。

ちなみに富田屋は駐車場が満杯だったので、宮津漁港の前にある何とか食堂に行く。

ここもうまい。

今朝採れた近海魚のみ提供している・・・らしい。

実際、激しくうまい。

特にブリがたまりません。

僕は養殖のブリは生臭くてダメなんだけど、天然ものってホントうまいよね。

ぷりぷりで身が引き締まってましたよ~




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# by mzdog43 | 2019-01-22 06:44 | 旅行 | Trackback | Comments(2)

FUJIFILM X-E3 XF18-55mmF2.8-4
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オーストラリアから帰国している下の娘が新鮮な魚を喰いに行きたいという。

宮津の富田屋
とんだやですよ。

関西人以外は知らんと思うけど。
宮津駅前にあります。

しかも犬を連れていきたいという。
天橋立で散歩する。
どうもそっちがメインの目的である。

しかも運転は自分がするという。

ま、いいけど。

よめさんが助手席。

僕は後部座席でイヌと同居である(^_^;

ペット用のシートカバーをしくんだけど、買ってから数年間一度も洗っていないので、きわめて犬くさい

ううむ・・・・

いつもと違う角度で犬見られたからまあいいけど・・・・





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# by mzdog43 | 2019-01-21 06:59 | 旅行 | Trackback | Comments(6)

モスクワの思い出 3

MINOLTA X-700  ネガフィルム(多分フジカラー)サービス版からスキャン

モスクワだったかレニングラードだったか
釣りをする少年たち
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街角でちょっとした食べ物や飲み物を売っている
これは何だったか忘れた(^_^;
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本や雑誌を売っている店
ここで新聞や写真集を買った
もちろんロシア語なので意味は分からず
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ここどこだったかなあ
キエフ(現ウクライナの首都)だったかなあ
忘れた
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シベリア鉄道に一泊だけする
窓外には荒涼たる風景しか見えない
それに寒い
しかも僕は二段ベッドの上の段
狭くて、柵も何もない
ズボンはいて、ベルトを壁のフックにかけて
落下に備えて寝ていた
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エルミタージュ美術館でガイドの説明を聞く
彼女と僕はひと悶着あった・・・
詳しくは本文を見よ!
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スモーリヌイ

ちょっと説明しておく。
僕が今回のソヴィエト旅行で一番行きたかった場所である。

革命直前までは、貴族のお嬢さん達の通う寄宿制の女学校であった。
ロシア革命時(10月革命)にはボルシェビキの本部が置かれていて、ここからレーニンが冬宮への突撃を命じる。

だから庭にレーニンの銅像が立っているの分かります?

ちなみに十月革命は「暴力革命」みたいに言われるけど、実際にはほぼ無血革命に近い。

革命後、ロシア各地で内戦が行われるんだよなあ。

この辺、日本の明治維新と似ている。

大政奉還って、無血革命だものね、それ自体。

その後、戊辰戦争や士族の反乱(西南戦争など)が起こるわけで。

革命ってそういうことか。


ところで、僕がここに行きたかった理由なんですけど。

世界をゆるがした十日間」って本、読んだことあります!?

アメリカ人のジャーナリスト、ジョン・リードの書いたルポタージュ文学の傑作である。
(どうでもいいけどIMEって、るポタージュとしか変換しないのは何故だ(^_^;)

ジョン・リードはこのスモーリヌイに泊まり込んで、世界に情報を発信する。
そして「世界をゆるがした十日間」を書くんだよね。


歴史が変わる瞬間に、その場にいて、自分の目で見たこと・聞いたことを書く


ルポタージュ(るポタージュではない)という形式は、彼が作り出したと言っても過言ではない。

ちなみに映画「レッズ」の中では、ジョン・リードをロバート・レッドフォードが演じていた。


「世界をゆるがした十日間」はアメリカをはじめ世界中で高い評価を得る。
が、その後、ソ連では発行禁止になるのである。

理由はスターリンについての記述が二度しか出てこないからだ(^_^;

レーニンやトロツキーは何度も出てくるんだけどね。
この点、ジョン・リードはスターリンという人物の本質までも見抜いていたのかなあ。
そういう点も、僕がジョン・リードをすごいと思う理由である。

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さて、モスクワの思い出も最終回

といっても、ハバロフスク・キエフ・モスクワ・レニングラード(現サンクトペテルブルク)の四都市を周ったから、どれがどこで撮った写真か分かりません。

なので、今回もモスクワの写真が一枚もないって可能性もあります。
あしからず(._.)


35年も前の旅行なので、記憶も曖昧なんだけど、総じてソ連旅行は楽しかった。
それは間違いない。

質素だけど清潔で健康的で親切で、平和でのんびりとした雰囲気

それに意外と自由

空港に降りたときから写真も自由に撮れた。

観光旅行客は団体ツアーしか受け入れないし、宿泊場所も外国人専用のホテルに限られている。

でも、街の中では自由に行動できるし、結構観光客で賑わっている。

西側からの観光客は少なくて、東欧系ベトナム人が多い。

僕たち日本人観光客は何度かベトナム人と間違えられた(^_^;

しかもである・・・

女性は皆とびきりキレイである。

ホントである。

アエロフロートのスチュアーデス(今はキャビンアテンダントと呼ぶのか)が信じられないほど美形であった。


その点、男は・・・・・

僕がオトコだから女性には甘く、男性に厳しくなるのか!?

僕らのツアーグループについた最初の通訳がひどい奴だった。

キエフ大学の日本語学科(東洋学科?)の学生かなんかだけど、バスの中でマイクを持って説明することがあまりなくて、バスの前の方に座っている女子大生何人かといつでもおしゃべりしているのである。

女子大生に聞くと、あれは何とか寺院で・・・こういう歴史があって・・・と流ちょうな日本語で説明してくれているらしい。

ううむ。

そこで、全員に分かるようにマイクで説明してよ!というと、少しはそうするんだけど。

結局、女子大生グループとぺちゃくちゃが始まるのである。

頭にきて、あいつしばいたろか!?と友達に言ったら、そいつ目がすわっていて、やったる!と低くつぶやいた。

彼は柔道の有段者で、しかも元暴走族である。
(本人はマッハ族であると主張するけど(^_^;)

バイクの事故でどっちかの足の親指がとんでしまって、母親に泣かれて暴走族をやめ、今は中学校の社会科教師をやっているという、よく考えると結構な人生を歩んでいるやつなのだ。

僕は、こ・これはひょっとして国際問題になりかねん・・と危惧したけど、途中で通訳が交代したのである。

ふ~


こんどは中年の女性で(その時は結構なおばちゃんだと思っていたけど、35年ぶりに写真で見るとそんなに年配ではなかった)メチャクチャしっかりしている人である。

彼女は、レニングラード包囲戦のさなかに、ドイツ軍に包囲されたレニングラード(現サンクトペテルブルク)で産まれたのだ。

これはすごい話である。

知ってます?
レニングラード包囲戦。
僕も今ウキペディアで調べましたけど(^_^;

900日間、ドイツ軍に包囲されるのである。

その間、67万人(一説には100万人)が死亡する。

これは実に、沖縄・広島・長崎・東京大空襲など大戦中の日本の民間人戦死者の総数を上回る数なのだ。

その中でも、私の両親は祖国の勝利を信じて私を産む決断をしました。

そして、レニングラードは解放されました。

パチパチパチ・・・聞いている僕達は拍手・拍手。

で、その彼女にエルミタージュを案内してもらっている時、僕は水晶で出来た巨大な宝物・・・鳥だったかなあ?詳しくは忘れたけど・・・を実はプラスチック製なんじゃないの?と言ったのである。

ブチっときたようでしたね、彼女。

音がしましたブチっと(^_^;

いえ、これは全て水晶です。

と真顔で答えて、それ以降、他のメンバーには笑顔で説明するのに、僕にだけ笑いかけなくなった

ううむ。

関西人のノリは通じなかったのである(;.;)


後、真夏に行ったんだけど、ビールが冷えてないんだよなあ。

てか、ビールを冷やすという習慣がないみたいで、その代わりウオッカやワインはギンギンに冷やしていた。

ううむ・・・


わしはきりっとよく冷えたビールを飲みたいんだよ~
誰でもそうだと思うけど。


ま、今行ったらソ連も・・・じゃなかったロシアウクライナもすっかり変わっているだろう。

でも、35年前のような感動はないかもしれん。

僕が若かったってこともあるし、何といっても生産システムや政治組織が180度違う国だったからね、当時は。


てなことで、セピア色の写真曖昧な記憶でつづるソ連旅行記はこれでおしまいでございます(._.)


長文、どもでした(._.)




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# by mzdog43 | 2019-01-20 08:40 | 旅行 | Trackback | Comments(10)

モスクワの思い出 2

MINOLTA X-700  ネガフィルム(多分フジカラー)サービス版からスキャン

幸福そうな家族
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昼間からウォッカをラッパ飲みする男性(^_^;
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ピオニール(共産主義少年団)の子供たち
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ピオニールキャンプを訪問
歓迎してくれる高学年の女子
焼き立てのパンと塩
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ピオニールキャンプの指導者
コムソモール(共産主義青年団)の責任者
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ご好評につき(ウソですよ。他にネタがないだけです(^_^) ソ連邦シリーズ第二弾。


僕がソヴィエトに行ったの1984年でした。
ロサンゼルス五輪の年です。
空港に向かうバスの中で瀬古が走っているの見ていたもの。

2年後にチェルノブイリの原発事故が起こって・・・
その後、ガタガタになるんだよなあソ連。

僕が行ったときは、アンドロポフが急死してチェルネンコに代わった時です。
共産党の指導者。
その後、彼も急死して、ゴルバチョフになるんだけど。

ま、ソヴィエトがまがりなりにも安定していた最後の時期と言えるのかなあ。

市民の生活は平和そのものだった。


今も覚えているのは、ハバロフスクで夜、アムール川に沿って散歩していると、公園の中で若い男女の歓声が聞こえるのである。

あちこちで。

高校生?大学生?ぐらいが鬼ごっこ?みたいなことをしている。

ううむ。
夜、遊べるようなネオンキラキラみたいな場所がないからね。

一昔前の青春ドラマを見ている感じで微笑ましかったですなあ。


ピオニールのキャンプでは、担当者がこの子たちには近くの牧場や農場で採れた一番いい牛乳と肉と野菜が提供されるんだよ!と胸を張っていた。
子どもは国家の宝だから。

指導しているコムソモールの女子大生に、子どもを指導していてタイヘンなことはないの?
と聞くと、しばらく考えてから、一人ひとりの子どもにとってのキーワードを見つけることだと答えた。
なるほど。
しっかりしているなあ。


街のデパートや市場を見て歩く。
西側的な感覚で見ると、ぜいたく品はないし、品ぞろえも乏しい
でも、生活必需品や食料品はそろっているし、安い
基本、失業はないし、教育費医療費は無料またはそれに近い。


なるほど、これが社会主義社会か・・・と納得する。


もっとも、当時の僕なんかは全く知らなかったけど、水面下で崩壊の序曲・・・みたいなのが進んでいたんだろう。

腐敗した官僚制。
一部の党幹部への権力集中と国家機関の私物化。
反体制派への容赦ない弾圧・・・などなど。

そんなことを口にはしないまでも、薄々はみんな知っていたはずだ。
ソヴィエトの市民は。

しかし、少なくとも安定して食っていくことはできる。

ここが大事なところだよなあ。

安定して生活できる。
食っていける(と思っている)間は革命は起こらない。

食っていけなくなる!と感じたときに世の中はドラスティックに変化するのである。

そう思いません?


1989年にベルリンの壁が壊され、1991年にはソ連邦が崩壊する。

あっという間だよね。

歴史が変わるときって。




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# by mzdog43 | 2019-01-19 07:40 | 旅行 | Trackback | Comments(4)